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大阪高等裁判所 昭和61年(行コ)46号 判決

控訴人

浜田益男

右訴訟代理人弁護士

横井貞夫

泉公一

森川憲二

多田徹

被控訴人

兵庫税務署長倉元功

右指定代理人

石田浩二

外六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し昭和五五年五月一二日付けで控訴人の昭和五一年分所得税についてした更正処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二  当事者の主張

次のとおり補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決九枚目裏一行目「(いわゆる帳簿価格)」の次に「)」を加える。

二  同二八枚目裏一〇行目の「トリッピ数」を「トリップ数」に改める。

三  同七六枚目裏四行目の「需細な」を「零細な」に改める。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実、同2(一)(6)のうち控訴人が昭和五一年七月ころ本件自動車を運転中に中央分離帯に衝突させる自損事故を起し、バンパー・ラジエーター・エンジンを破損し(破損の程度は別。)、修理すれば直すことができるものの相当に修理代がかさむことから廃車にしようと考え、これを製鋼原料販売業者豊田勝義に三〇〇〇円で売却処分したことは、いずれも当事者間に争いがなく、本件自動車の購入、破損、売却等の経過についての当裁判所の認定は、原判決八四枚目表五行目から八五枚目表四行目のとおりであるから、それをここに引用する。

二そこで、右売却処分により本件自動車の譲渡損失が生じた場合、控訴人の昭和五一年分給与所得の金額からこれを控除すべきものであるか否かについて判断する。

1  〈証拠〉によると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  控訴人は昭和四五年四月神戸市兵庫区大開通一〇丁目二番一四号所在の大崎事務所に勤務し、税理士業務及びこれに付随して顧問先の財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する業務について税理士を補助し、顧問料の集金を行う等の事務に従事していたが、外回りの際は右事務所備付けの自転車のほか、同事務所の費用で電車・タクシー等を必要に応じ利用していた。

(二)  控訴人の通勤経路(片道約四一キロメートル)は、加古川市尾上町養田七一二番地の一二所在の自宅から約2.3キロメートル離れた山陽電鉄高砂駅までバス(徒歩で一五、六分の尾上の松駅まで歩くこともあった。)、同駅から阪急電車三宮駅まで電車により、右区間の定期券購入代金につき通勤手当として実費支給を受けていた。

(三)  控訴人は昭和四六年六月本件自動車(スバル一三〇〇Gスポーツ)を六八万円で買い受け、自宅から高砂駅まで毎日通勤のために使用し、外回りの仕事があるときは事務所まで運転していってその用に供し、休日等にはドライブ・旅行等のレジャーに使用していた。本件自動車が外回りの仕事の用に供されたのは控訴人の意思によるものであるが、昭和五〇年ころからガソリン代につき実費程度のものが請求の都度支払われるようになった。

(四)  本件自動車の廃車に至るまでの全走行距離は約六万一〇〇〇キロメートル、うち自宅から高砂駅まで通勤のために使用した走行距離は約四九一二キロメートルであった。

2  右認定事実によると、本件自動車は給与所得者である控訴人が保有し、その生活の用に供せられた動産であって、供用範囲はレジャーのほか、通勤及び勤務先における業務にまで及んでいると言うことができる。

ところで、右のうち、自動車をレジャーの用に供することが生活に通常必要なものと言うことができないことは多言を要しないところであるが、自動車を勤務先における業務の用に供することは雇用契約の性質上使用者の負担においてなされるべきことであって、雇用契約における定め等特段の事情の認められない本件においては、被用者である控訴人において業務の用に供する義務があったと言うことはできず、本件自動車を高砂駅・三宮駅間の通勤の用に供したことについても、その区間の通勤定期券購入代金が使用者によって全額支給されている以上、控訴人において本来そうする必要はなかったものであって、右いずれの場合も生活に通常必要なものとしての自動車の使用ではないと言わざるを得ない。そうすると、本件自動車が生活に通常必要なものとしてその用に供されたと見られるのは、控訴人が通勤のため自宅・高砂駅間において使用した場合のみであり、それは本件自動車の使用全体のうち僅かな割合を占めるにすぎないから、本件自動車はその使用の態様よりみて生活に通常必要でない資産に該当するものと解するのが相当である。

そうだとすれば、仮に控訴人主張の譲渡損失が生じたとしても、それは、所得税法(原判決と同じく以下法という。)六九条二項にいう生活に通常必要でない資産に係る所得の計算上生じた損失の金額に該当するから、同条一項による他の各種所得の金額との損益通算は認められないことになる。なお、同条二項は、当該損失の金額のうち政令で定めるものは政令で定めるところにより他の生活に通常必要でない資産に係る所得の金額から控除することを認めており、これを受けて所得税法施行令(以下原判決と同じく令という。)二〇〇条があり、同条は競争馬の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額は当該競争馬の保有に係る雑所得の金額から控除すると定めているが、本件がこれに該当しないことは言うまでもない。なお、本件は資産の譲渡による利益そのものがない事案であるから、法三三条三項本文括弧書き(他の資産の譲渡益からの控除)の適用もない。以上の次第で、控訴人主張の譲渡損失は、仮にこれありとしても、税法上控除の対象となる金額ではないと言わなければならない。

3  右の点に関して控訴人は、主位的主張として、給与所得者が保有し、その生活の用に供せられる動産は税法上「生活に通常必要な動産」と「生活に通常必要でない資産」の二種の分類に尽きるものではなく、他に法三三条一項の予定する「一般資産」とでも呼ばれるべきものが分類され、本件自動車は前二種のいずれにも該当するものではなく、この「一般資産」に該当するものであり、その譲渡損失については法六九条一項により控訴人の給与所得の金額から控除すべきものとする。

しかし、法・令は、給与所得者が保有し、その生活の用に供する動産については、「生活に通常必要な動産」(法九条一項九号、令二五条)と「生活に通常必要でない資産(動産)」(法六二条一項、令一七八条一項三号)の二種に分類する構成をとり、前者については譲渡による所得を非課税とするとともに譲渡による損失もないものとみなし、後者については原則どおり譲渡による所得に課税するとともに、譲渡による損失については特定の損失と所得との間でのみ控除を認めているものと解するのが相当であって、「一般資産」のような第三の資産概念を持ち込む解釈には賛同することができない。したがって、右控訴人の主位的主張は実定法上の根拠を欠き失当であり、同主張に符合する原審証人北野弘久の証言、同証言及びその趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三、第七、第九号証は同じ理由により採用することができない。

4  控訴人は、予備的主張として、給与所得者の保有する有形固定資産は、税法上事業所得者の保有するそれに類似して「収入を得るために用いられる資産」と「生活の用に供する資産」の二種に分類され、本件自動車は前者に該当し、その譲渡損失については法六九条一項により控訴人の給与所得の金額から控除すべきものとする。

しかし、給与所得者については、事業所得者についてのように、法・令において必要経費やこれに関連して所得を生ずべき事業の用に供される資産等の規定が置かれていないが、それは法が給与所得の金額をもって、その年中の俸給・給料・賃金・歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とし(法二八条)、事業所得の金額のように、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする仕組みを採用していないことによるものである。思うに、所得を収入と経費との差額としてとらえる考え方は合理的であり、収入を得るために必要とする財の犠牲が経費である以上、このような意味での必要経費は給与所得者についても存在しうることは否定できないけれども、問題は、これに関して法律上いかなる仕組みが採用されているかであって、現行の法は給与所得者について事業所得者におけるとは異なる仕組みを採用し、必要経費の実額控除を認めず、その代わりに事業所得者等との租税負担の公平を考慮し概算経費控除の意味で給与所得控除を認めているのである。このことに照らすと法は必要経費の実額控除をなすことに係る「収入を得るために用いられる資産」なるものは認めていないものと言うほかはない。したがって、右控訴人の予備的主張も実定法上の根拠を欠き失当であり、同主張に符合する前項記載の各証拠は同じ理由により採用することができない。

三そうすると、その余の判断に及ぶまでもなく、被控訴人のなした本件更正処分は適法であり、控訴人の本訴請求は理由がない。

四よって、原判決は結論において相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今中道信 裁判官仲江利政 裁判官上野利隆)

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